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日本が生んだ芸術機を復元せよ! 今も各所に眠る「零戦」のロマン
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さて、日本が生んだ世界に誇る飛行機といえば「零戦」である。この零戦が、今でも国内外のあちこちに眠っている可能性は非常に高い。自作とはまた違う、飛行機へのロマンの1つとして…。
まず、気軽に我々は「零戦」と読んでいるその名前の由来を知る人は少ないだろう。零戦の正式名称である「零式艦上戦闘機」は昭和15年に採用。当時は皇紀2600年にあたり、下2桁が「00」になったため「零式」という名称になった。皇紀とは、日本書紀の記述では神武天皇即位の年(西暦紀元前660年にあたる)を元年とする紀元であり、戦前までは和暦と共に皇紀がよく使用されていたらしい。零式戦闘機は、最初の型を11型といい、以後21型、22型、32型、52型と多数の型式が生まれた。終戦までに約10,550機が生産されたと言われている。このほとんどが、パイロットの魂とともに大空に散った。その残骸の一部は今でもこの地球のどこかで人知れず静かに眠っているはずである。1973年には、なんと琵琶湖から発見された。偶然スキンダイバーが発見したもので、戦中にこの機体を操っていた操縦士にも確認。現在は呉市にある「大和ミュージアム」で復元・公開されている。
未だ多くの謎に包まれた零戦。それを探し出すというのも、飛行とは違う「大空への夢」であることは間違いない。 |
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