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草原の入口へ 知られざる大遺跡を目指して |
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首都・北京からさらに一足伸ばしたい。そんなときにオススメなのが、清朝建築の精緻と称される承徳の避暑山荘や寺院群の探検だ。
この場所には、中国に加えてチベットやモンゴルなどの文化の影響も強い、多文化主義的な建築群が広がっている。広大な版図を領有した清朝ならではの遺跡だといえるだろう。
承徳市は、北京から東北に250キロの場所に位置している。 中華都市である北京とくらべて、承徳の街の周囲からはどことなく草原の匂いが感じられるはずだ。 かつての清朝の皇帝たちは、騎馬民族としての自分たちの出自を忘れないために、夏の離宮の建設地をここに選んだ。当時の地名を、熱河(ねっか)という。
この熱河の地を特に愛したのが、清朝初期の名君として名高い康熙帝(こうきてい)である。
彼は一年の半分を草原で過ごして支配下のモンゴル諸将を謁見し、「巻き狩り」と呼ばれる軍事演習を兼ねた狩猟に興じた。 風流趣味もあった皇帝が、遠く江南の地(長江沿岸)の風景を再現しようとして建設をはじめたのが、こんにち世界遺産として知られる避暑山荘群である。
また、康熙帝の孫の乾隆帝(けんりゅうてい)も熱河と縁が深かった。 彼は信仰心が強く、自分自身をチベット仏教の転輪聖王になぞらえるほどの人物だったたため、この地に多くのチベット風寺院(=外八廟)を建設する。
特に当地で最大級の寺院である「普陀宗乗之廟」は、ラサにあるポタラ宮を模したものとして有名だ。 建築にあたっては実際に画工や測量技師をチベットまで派遣して実測させたという熱の入れようだったといわれている。
われわれ日本人が知っているようで知らない、明清時代の王朝文化。週末には北京へ旅立って、悠々と世界遺産めぐりに興じてみてはいかがだろうか?
――【文化遺産】―― 「承徳避暑山荘と外八廟」1994年登録 |
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