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知らなきゃソン!? “レーシック”

近視があふれるニッポン

 自分の周りに、メガネやコンタクトなどで視力を矯正している人は、一人もいない。
 そう言える人は、今の日本にはほとんどいないのでは?

 かく言う筆者も、メガネなくしては生活が成り立たないひとりだし、ざっと見渡しても老眼は別としても、裸眼で「バッチリ!」という人は、数えるほどしかいない。

 なんでも、日本人口の約半数が近視で、日本人は世界的にもメガネ民族として知られているのだとか。

 まあ、ここ20年くらいはメガネの代わりにコンタクトレンズを愛用する人も増え、必ずしも“メガネ”ではない。それでも近視人口の割合の多さは、直感的に見ても否定できない。
 そして、その割合は増加傾向にあるという。

 そんな日本の近視族にとって、2000年は大きな節目となった年だった。
「メガネよ、コンタクトよ、さらば!」
視力が回復し、矯正ツールなしに裸眼で生活できるようになるオペが、今の厚生労働省によって認可されたのだ。

 「レーシック」
 近視率がより高い若年層では、ほとんどが言葉くらいは聞き知っているだろう。
 2000年以降、このオペを受けた人は着実に増え、ある業界関係者によれば「2006年だけで推計13万件」というから、「もうオペ済み」の読者も少なくないかもしれない。

 が、日本ではいまだにレーシックに対して“危ない”や“高い”などのイメージが根強く、米国などと比べたらその普及は格段にスローなのだそうだ。

 実際のところ、どうなのだろう?
 考えてみれば、筆者も月並みなイメージを持ったまま、メガネ生活に固まっている。

 そこで、“レーシック”の実像にフォーカスしてみた。
厚生労働省
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医療法人メディカルドラフト会 錦糸眼科

進化する視力矯正術
“レーシック”までの道のり

 日本にメガネがもたらされたのは16世紀。
 江戸時代には、大名など一部の富裕層の間で急速に広まったというが、そのニーズが一気に跳ね上がったのは、農業人口が急減した戦後の経済成長期に違いない。そして、“メガネ”と“コンタクト”の時代は続いたのだった。

 “レーシック(LASIK=Laser Assisted in-Situ keratomileusisの略)”が、開発されたのは1990年。イタリア人医師とギリシャ人医師によってだった。
 そして、翌年の1991年、米国で世界で初めて実際にオペが行われ、視力に悩む人々に朗報をもたらしたのだった。

 世界で初のオペを受けた人は、さぞかし勇気のある人だったに違いない。あるいは自棄になっていたか?
 レーザー手術がどんなものなのかはともかく、オペの対象が“眼”であるというだけで、かなり怖気づいてしまう筆者には想像もつかないことだ。

 しかし、だ。このレーシックが開発に至るまでの、視力矯正術の歴史と辿ってみると、驚くべき事実があった。

 実は、レーシックにつながる施術を世界で初めて行ったのは、日本人研究者だったのだ。
 第二次世界大戦が勃発した1939年。順天堂大学の佐藤教授による“RK”(放射状角膜切開手術:Radial Keratotomy)と呼ばれる、屈折矯正手術だった。

 その背景には、「近視に悩む人が多い日本やアジアのため」があったとか。残念ながら、RKは術後に水疱性角膜炎が多発し、普及するには至らなかったという。

 一方、角膜に“フラップ”という薄い膜を作り、切り取ったフラップを旋盤により加工した後、元に戻す“ケラトミレイシス”という施術が、1963年にコロンビアの医師によって開発されていた。
 この基本的なアイデアこそが、レーシック開発の大元になっているという。

 そして、1980年代になり、“エキシマレーザー(Excimer Laser)”の医療応用の研究が進められた結果、1990年にレーシックが開発されたのだった。
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時代は今、“レーシック”から
“イントラレーシック”へ

 ではここで、レーシック治療内容を見てみよう。施術そのものの手順は、ざっと以下のようになる。

1、点眼麻酔

2、マイクロケラトーム”という精密機器を用いて、角膜全体の約30%(表面にある上皮層と、角膜実質層の一部)をめくる。
 めくった部分を、“フラップ”と呼ぶ。また、フラップは、角膜上で片側はつながったままで、これを“ヒンジ”と呼ぶ。

※上皮層は再生されるため、エキシマレーザーを照射しても効果がない。再生しない実質層に照射する必要がある。2000年ころまでは、上皮層を除去する“PRK”が行われていたが、角膜混濁を起こすことがあった。

3、エキシマレーザーを角膜に照射する。
※近視では角膜中央部を平坦化、遠視では周辺部、乱視では特定の方向だけを変化させるように照射。

4、フラップを洗浄した後、元に戻す。
※フラップは水分を除くと、濡れた紙がガラスに貼りつくようにピタリと戻る。

5、抗生剤を点眼する。
※術後、当初は、全体的に霞がかったような感じが残るが、次第にクリアになり、帰途は裸眼で歩いて帰宅が可能。翌日には仕事など通常の生活ができる。


 ここで、最初にめくったフラップの厚さは、施術後の角膜の安定に重要な影響をおよぼす。

 このフラップの厚さをより精巧に調節できる装置“イントラレーザー”を用いることで、重度の近視や角膜が薄すぎて治療が不可能だった人にも、矯正治療が可能となった。

 このイントラレーザーを用いた治療を、“イントラレーシック”といい、今の最先端治療として急速に普及が拡大している。
 ちなみに、上記の治療手順は、両眼で15分ほど。
医療法人メディカルドラフト会 錦糸眼科