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冬は火鉢で楽しんだ江戸時代 線香花火と向かい合う |
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国産3種類を遊んでみて、なるほどと思ったのはメリハリというかドラマ性というか、せいぜい30秒、長くても1分間の中に人生をメタファーさせるだけの起承転結が盛り込まれていることだ。 中国産はそのコピーという感が強い。
個性というかシーンとシーンのつなぎというか、火花も玉も国産に負けていないし、負けないどころか一番派手だったのだが、比較すると情緒に訴える部分が小さい。持ち手の長さや質感も影響するのだろう、悪くないのだが、踏み込みが浅いのだ。
しかしそこに価格の差が感じられるかといえば、それはまた別の話。 ブラインドテストで、これが国産、これが中国産と区別することはできると思うが、しかしそれが価格差として理解できるかというと微妙だと思った。ただ、たとえばフカヒレはおいしいけれど、それ以上にフカヒレの味で感じる感動はフカヒレでしか味わうことができない。
安い方でいえば、カップヌードルもそうだ。カップヌードルはカップヌードルの味で他のインスタントラーメンでは代わりにならないようなもので、オンリーワンの味である。国産品にはその独自性がある。中国産にはそういう製品に込められた哲学はない気がする。
江戸時代、線香花火は冬場の室内の遊びとして、火鉢の上で楽しまれたのだそうだ。 季節を問わずに無聊を慰める小粋な遊びだったわけである。
そうやって大人の遊びとして考えるなら、やはり国産の、物語性の高い線香花火が正しいありようである。1本4円で埋まる退屈に埋める孤独もないものだろう。
しばしの時間、線香花火に我が身を省みる夜というのも悪くないと思うのだ。 |
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