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温暖化で幻となる日も近い?“天然氷”

数ヶ月間、水を育ててできる“天然氷”

数ヶ月間、水を育ててできる“天然氷”

 阿佐美冷蔵本店のアンティークな氷かき器の間に、一枚の写真パネルがあった。氷雪の池の上に、男衆がズラリ。何やら道具を手にして作業している。

 その池こそが“氷池”と呼ばれる場所で、その男衆の足元にあるのが“天然氷”なのだった。そのパネルを拝見して、なんとなくイメージはつかめたものの、ひとつの疑問は解消しようがなかった。
「山の中の池で、汚くはならないのか?」

 そこで、「夏の間は列が切れない」と言うほど超多忙な阿佐美冷蔵のおかみさんにムリを承知で伺ってみたところ、快く応じ説明してくださった。

 「氷を作る作業は、毎年秋口に始まります。氷池は山道を登った先にあるので、そこに行くための草刈りや道普請をします。
 そして池の掃除です。補修したりもして、きれいにして準備を整えます。

 そして氷ができるのを待つわけなんですが、ここが重要なんです。落ち葉が入ってしまってはダメ。でも自然の中なので、木の葉も落ちます。
 それをひとつひとつ手で取り除かないといけません。一枚でも入ってしまうとダメになってしまうので、期間中は早朝には起きて池に行き、3〜4時間は作業。夕方も同じ。

 そして雪が降ってもダメなんです。雪が入るといい氷にはならないからです。それで、雪が降っている間は、一晩中でも雪掃きをしないとなんです。かといって曇りもダメなんです。

 一番いいのは、晴れてギンギンに寒い状態が続くことなんですが、そうそううまくはゆきません。
 ぜいぜい一日に一ミリ程度しか氷は厚くなりません。まさに、水を育てている感じです」

 なるほど、ここまで入念な目配りと作業があるからこそ、名実ともにきれいな氷ができるのか。
 疑問が一気に解消され、同時にその根気と丹精なケアぶりに、伝承の職人技とその磨き込まれた精神に、深く頭を垂れたくなった筆者だった。

取材協力:阿佐美冷蔵

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“純氷”でもそれなりにイケる

 「今年は暖冬だったので、氷ができませんでした。いつもなら他のお店にも出荷しているんですが、今年は、この本店と支店で出すだけの量です。それもいつまでもつか、という感じです。
 温暖化でこれから先、どんどん厳しくなってゆくでしょう。来年はもう取れないかもしれない、と危機感を募らせているところです」
 阿佐美冷蔵のおかみさんが最後に語ってくれた言葉だ。

 実を言うと、今回の取材は当初、“天然氷のかき氷”がテーマで、あくまでもモノを紹介するはずだった。 天然氷が希少であることは承知していたが、商品として当たり前のように存在するモノだと認識していた。

 しかし、それは大きな間違いであった。天然のかき氷は、創る作業の大変さの前に、どうあがいでも創ることが不可能な事態に追い込まれていたのだ。

 実際、長瀞町の商店街を歩いてみると、「氷」の旗を掲げた店は数多くある。
 が、その氷は「阿佐美冷蔵から仕入れた氷。でも、いつもの天然氷ではなくてふつうの純氷」とのこと。長瀞の夏の名物“天然氷のかき氷”は、温暖化の影響で明らかに追いやられつつあるのだった。

 さらに日光霧降高原チロリン村にも尋ねてみると、「例年9月いっぱいやっているのですが、今年は8月で終わりかな、という感じです」と、同様の答えが返ってきた。

 “天然”であるが故の事情とはいえ、なんともショッキングな事態だ。
 計らずして、今回食べることができて「ラッキー!」などと喜ぶ気にはなれない。
 日本の自然環境と職人によって育まれる“天然氷”が失せてしまうのも時間の問題、の可能性が大なのだ。あの独特の味わいを知った後だけに、いっそう残念でならない。

 でも憂えてばかりもいられない。長瀞駅前の商店のひとつ“まるぶつ”で、代替として使われている“純氷”のかき氷も試して比べてみたが、正直なところ味そのものの違いはさほどわからなかった。

 製氷そのものは施設の中で行われるとはいえ、限りなく天然氷に近い状態を再現すべく、手間隙をかけて作られているだけに、特に“やさしい冷たさ”は近いものがあるように感じた。

 家庭で氷を利用する場合、冷凍庫で作った氷を用いることが多い。でも、時には純氷を取り寄せてみてはどうだろう。
 天然氷が創られるギンギンに冷えた冬のイメージすれば、清涼感も味わいもいっそう引き立つに違いない。
 そして、温暖化で解けゆく地球の氷に思いを馳せてみれば、もっと効果的かも。

取材協力:まるぶつ

“純氷”でもそれなりにイケる