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日本各地に眠る埋蔵金伝説に触れる

いくつになっても「宝探し」には
心踊る「夢とロマン」がいっぱい

 ある日、息子がなんの気なしに描いた島の絵。父はその島の絵を見ながら思いつくままに「宝探しの物語」を息子に語ります。話すごとに島の絵に書き加えられていく空想の地名……。いつしか島の絵は、ホンモノと見間違うほどの「宝島の地図」へと変身していきました。こうして誕生したのが作家スチィーブンソンによる『宝島』です。一度は味わったことのある冒険物語でしょ?発売後には多くの人がこの「宝島」は実存すると、物語の細部までを読み解き、宝島を探す旅へと出かけたと言います。多感な子ども時代、マネごとの地図を作って、友人どうし「宝探しごっこ」に興じた人も、きっといるはずです。
「手持ちの株が○円上がった」、「投資マンションが○円になった」という現実的な金の話も良いけど、たまには、遙か古えの中に埋もれた「魅力あるお宝」に興味を寄せてみるのも、ひと味違う「心のゆとり」となるかもしれません。
 沈没船の中に眠る海賊たちの秘宝、秘境の山岳地帯に埋められた金銀財宝、実際、世界中にはこんな「お宝伝説」が数々語り継がれています。きっと実存する宝モノもあるはずです。古文書や古い地図を解読し、日夜、宝探しに情熱を傾ける人たちが日本にも数多くいます。現在の貨幣価値に換算して数億円、数兆円という一攫千金的な要素も確かに魅力のひとつかもしれません……。
 でも、なにより「宝探し」には大きなロマンがあります。『宝島』の主人公ジム少年のように夢と冒険がいっぱいです。古えの歴史と会話をする時間を得ることができます。「宝モノ」たちに想い馳せる楽しい時間も生まれます。
 そんな「宝探し」をキーワードに解説してみました。
埋蔵金・宝探し
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埋蔵金・宝探し

魅力あふれる「埋蔵金伝説」が
日本の全国各地にも多数存在します

 日本の全国各地にも数々の「埋蔵金伝説」が語り継がれています。中でも、知名度、埋蔵量、ともにベスト3として挙げられるものが以下の伝説です。

その1.「豊臣秀吉の埋蔵金」〜兵庫県〜
 日本最大級の埋蔵金が眠っているとされる「太閤遺金」こと「秀吉の埋蔵金」。推察される場所は、『兵庫県川辺郡猪名川町多田銀山』です。信憑性の高い秘文書も見つかっています。天正長大判4億5千万両、金塊3万貫(約112トン)もの埋蔵量というから、これは世界でも群を抜く埋蔵金伝説です。

その2.「徳川幕府の埋蔵金」〜群馬県など〜
 多くの資料を残しながら、いまだ消息不明の「徳川幕府の御用金」。有力視されているのは、『群馬県勢多郡赤城村』です。テレビ番組で大々的な発掘を行なったことで全国的にも知名度がアップしました。およそ400万両は、分散して埋められたとの説もあり、その他の地にも多数の伝説が残っています。

その3.「結城晴朝の埋蔵金」〜茨城県、栃木県など〜
 源頼朝の奥州攻めに従軍し活躍した結城晴朝。彼の残した黄金が眠るとされるのは、『茨城県結城市、栃木県南河内町』などの各地です。金の延べ棒が5万本近く、砂金の樽詰めが100個以上という黄金のお宝で、遙か昔には、かの名奉行・大岡越前も、その発掘に取り組んだとされています。

 ほかにも、「武田信玄の軍用金」、「佐々成政の軍用金」、「大久保長安の埋蔵金」など、数百にも及ぶ「埋蔵金伝説」が各地に残っています。
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発見された「埋蔵金」はあるのか?
どれくらいの金額の財宝だったのか?

『宝島』のジム少年は、物語の最後に財宝を手に入れイギリスへと帰還しました。では、発掘に挑んだ日本の埋蔵金捜索人たちの結果はどうなのでしょう?
「答え=埋蔵金そのものは見つかっている」です。ただし、建設作業などで地面を掘り返したとき偶然に発見というのがその大半。個人による発見は、悲しいかな皆無に等しいというのが現実です。特に建設ラッシュに沸いた昭和30年代には全国各地でお宝が見つかりました。都内だけでも68か所で発見されたというから、まさに「日本のゴールドラッシュ」と言ってもいいほど。

●6000万円相当の小判、二朱金発見!
 中でも、今のところ最大とされているのが「東京都中央区新川の埋蔵金」です。東京オリンピックを間近に控えた1963年(昭和38年)8月24日。東京都中央区新川1丁目、日清製油の本社ビル増築工事を請け負った大成建設の作業員が、地中約1.5メートルの場所でレンガで蓋された地点を発見しました。さらに掘るとレンガ下からガラス瓶が出てきて、その中に天保二朱金が22464枚も収められていました。その後9月3日、同じく作業員が、今度は5本のガラス瓶を発見。そこには二朱金55925枚と、さらに100枚ずつに束ねられた小判1900枚が眠っていたそうです。小判1900枚、二朱金合計78389枚は、埋蔵金発見の中でも最高の量。発見当時、小判1枚に約9000円、二朱金に約550円の値がつけられ「合計6000万円もの大発見!」と話題になりました(今なら数億円にも値する可能性も……)。

関連リンク:「日本の埋蔵金」研究所
「日本の埋蔵金」研究所・大判・小判・宝探し