日刊 勝ち組スポーツ・勝ちスポ!
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パパ!忍者になるっ。

手裏剣をポケットに、忍者、ホテルへ
外国人もビックリだ

仕事で忍者のコスプレをした。ビジネスマンのための七つ道具という記事だと担当者から聞き、じゃあ忍者だ、忍者、と忍者の写真を撮ることにしたのだ。

さっそく忍者の衣装を買おうとインターネットで調べた。パーティグッズのようなものを想像していたが、あるところにはあるものである。

伊賀流忍者店は、三重県伊賀市にある忍者グッズ専門店で、衣装や刀や手裏剣を販売している。子どもから大人まで、忍者に変身できるのだ。忍者刀と手裏剣、忍者頭巾、口当てを購入した。インターネットって便利。

忍者をやるには自分はすでにオジサンで、腹が出ている忍者などいない。忍者役に役者を呼び、ホテルへ行く。ビジネス系の記事なので、スーツ姿に忍者頭巾、ビジネス忍者だ。じゃあこれを着てみて、と頭巾を渡した。トイレで着替えて出てきたら、OH Ninja! 片手に忍者刀を持ち、フロントへ向かう忍者はかなり間抜けだ。

ウケた。ホテルの広報担当がゲラゲラ笑っている。外国人がカメラを向けてバシバシ写真を撮っている。まさか自分の泊まったホテルに忍者が来るとは思っていなかっただろう。ビルの前に立ち、警備員に苦笑され、寺の境内を走り、お坊さんに微笑され、日テレの前で修学旅行の女子中学生に笑われた。

忍者、想像以上である。忍者はみんなを幸せにする。
忍者!
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ナメクジ忍者に無重力忍者、
山田風太郎の奇天烈の忍者軍団

『戦国浪漫』によれば、忍者のルーツは聖徳太子と蘇我馬子まで遡るそうだ。蘇我馬子は忍者を使って、敵対する豪族を暗殺、聖徳太子は忍者の祖となった秦の河勝・服部氏族・大伴細人らを使い、情報を収集したという。また役小角が開祖となり奈良時代に始まった修験道も、忍術のルーツだ。修験道の山伏たちは、山に籠もり修行することで験力を得、超常現象を起こすとされた。忍者が巻物をくわえ、ドロンドロンと幻術を使うのは、その先祖が山伏だからだ。

そのため、小説や映画の中で超人として扱われる忍者だが、小説家の山田風太郎にかかれば、超人どころか、ほとんど化け物である。

忍法という言葉を流行させた(それまでは一般に忍術と呼ばれた)氏の『甲賀忍法帖』には、蜘蛛のように四つんばいで走り、粘着性の唾液を糸にする忍者や塩をあびて体中の水分を吸い出し、ドロドロの体でどんな狭いところにも入り込むナメクジ忍者、相手の血液を皮膚から吸い出し、ミイラにしてしまうくノ一など、とんでもない忍者たちが登場する。。

山田作品を研究した『山田風太郎忍法帖 作品紹介&忍者名鑑』によれば、山田作品にはもっとすごい忍者が目白押しらしい。自分の胎内の胎児を別の人間に移す(くノ一忍法帖)、数千度の熱を腕の下膊から拳にかけて発する(忍者月影抄)、壊れた甕を直すように切られた身体を繋ぐ(伊賀忍法帖)、傘の上に乗って空を飛ぶ(伊賀忍法帖)、自身の体重をゼロにして水面を歩く(忍法封印いま破る)などなど。そんなの人間じゃない。というか、地球の生き物ですらない。こういう忍者が入り乱れ、秘術を尽くして戦うというのが山田風太郎作品である。
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どんでん返しに落とし穴
滋賀県にある本物の忍者屋敷

山田風太郎を読むと、実際に忍者がいたかどうかさえ怪しい気持ちになるが、いたのは事実。忍術の流派は全部で49流派あり、全国に点在していた。

その代表は伊賀と甲賀である。徳川家康は忍者を重宝し、伊賀・甲賀の忍者を合わせて270名雇っていたという。本能寺の変では、堺に来ていた家康は明智光秀の軍に帰路を阻まれるが、伊賀・甲賀の忍者の助けで脱出することができた。これを伊賀越えと言う。伊賀と甲賀の里は山を挟んで隣にあり、互いに協力関係にあった。信長・秀吉・家康が覇を競い合った戦国時代にもっとも活躍した忍者は、天下泰平の江戸時代に入り、やがて表舞台から消えていく。

現在の滋賀県甲賀市は甲賀忍者のふるさとだ。甲賀五十三家と呼ばれ、合議制をとっていた甲賀忍者。その筆頭である望月出雲守の旧家が、今は甲賀流忍者屋敷として一般開放されている。忍者が実際に住んでいた住居として、現存する唯一のものだ。

忍者屋敷はただの家ではない。一見、ただの日本家屋だが、随所にどんでん返しや隠し梯子、落とし穴などが仕掛けられており、侵入者を防ぐ工夫が施されている。

三重県伊賀市には、伊賀流忍者博物館がある。甲賀流が1人の主君に仕えるのに対して、伊賀流はいわば傭兵部隊。その時々で主君を変えた。徳川家康に仕えた服部半蔵は伊賀流である。伊賀市には忍者博物館があり、伊賀国高山村から移築した豪農の屋敷を忍者屋敷として公開している。

戦乱無き現代において、忍者は地方都市の重要な観光資源なのだ。
甲賀流忍者屋敷