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六尺ふんどしで知ったアイデンティティ 近代と現代の鍔迫り合い |
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手ぬぐい3本分でふんどし1枚なのだそうである。いろいろな柄があった。1枚2,000〜4,000円ぐらいだ。店の人によると、自分で手拭いの反物を買って使う人も多いという。何を選べばいいのか。無地というのも芸がない。ふんどしらしさ、六尺らしさが柄にも欲しい。意外とシックな柄が多い。手拭いと同じ反物だからか。
鳥獣戯画にしようか招き猫にしようか迷ったが、ふと目に入った龍の柄の江戸小紋を選んだ。薄茶色の地に黒で染め抜かれた昇り龍。派手である。それ自体、すでに祭りだ。
自宅に持ち帰り、鏡の前で六尺ふんどしを締めてみた。二メートル近い一枚の布を締めるのだ。越中ふんどしよりもずっと締め方が難しい。一方を肩に回しかけ、一方を股間に通す。そのまま腰を一周させた後、臀部で交差させる。そこでグイッ、だ。これは締まる。まさにふんどしを締めるという感じだ。
越中ふんどしがトランクスなら六尺ふんどしはブリーフだ。グリップ力が違う。
次に肩に回した部分を前に垂らし、そちらも股間に通して後ろでキュキュキュッだ。腰にねじり込んで完成した。よし! 鏡に向き直った。今のオイラは、ちょいといなせな若衆というところか?
唖然とした。似合いすぎだ。これぞ日本人。短足ガッチリ和の体なのだ。今すぐにでも太鼓を叩き始めんばかりである。その上、龍の顔が絶妙に中心でジャパネスクだ。まさに昇り竜だ。そして振り向けば尻だ。むやみやたらとパンパン叩きたくなるではないか。
気に入った。今日はこのまま締めておこうと、ジーパンを履こうとした。キツイ。履けない。無理やり履こうとすると、食い込む痛みに声が出た。
着物の下にパンツはあっても、ズボンの下にふんどしはツライ、そういったことがわかったのである。 |
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